ゆとり社会人の読書ノート&エクセルVBA

素人が公法を中心に幅広く読書をします&エクセルVBA奮闘記です。

土井翼『名宛人なき行政行為の法的構造』(2021年、有斐閣)

新進気鋭の行政法学者*1助教論文を読みました。

本書は、現代では論点自体が失われてしまった「名宛人なき行政行為」に着目して、行政法の認識構造をひっくり返そうとする意欲作です。

「名宛人なき行政行為」というテーマ設定の背景には、「行政行為と呼ばれる行為の中に、個別・具体的な名宛人がいないものが含まれることによって、行政行為概念に再考の余地があるのではないか」という問題意識が存在しています。

そもそも行政行為とは「特定の名宛人に対して、行政が権利義務・法的地位の変動をもたらす」ことを言います。国会は立法(=法律)によって国民に対する一般・抽象的な規範を定立しますが、行政はその個別・具体的な執行を担っています。行政行為と対比されるのは、(行政)立法や規範定立行為です。行政行為に該当すれば、個別具体的な行政の処分に対して行政訴訟を提起することができます。他方、行政立法や規範定立行為には常に処分性が認められるとは限らず、行政訴訟による救済は受けられないことになります。

本書では、日本・ドイツ・フランスの学説史が横断的に検討され、モーリス・オーリウの学説に示唆を受けて上記の回答に至っています。

まず、日本の学説史を振り返るところから始まります。美濃部の時代には、行政行為の分類の中に「物権的行為」という分類が示されていました。ただ、理論的な完成度は高くなく、直弟子の田中二郎、田上穰治以降は行政法学から忘れ去られた概念となりました。

次に、ドイツの学説では、名宛人なき行政行為の分類として「一般処分」という類型が行政手続法に法定されていますが、対物行政行為論が学説に広く受容されることはありませんでした。オットー・マイヤーやカール・コルマン、ノーバート・ニーフースらによって公法における物の支配を語る試みが着手されましたが、結局は学界に認められずに終わりました。

最後に、フランスの学説では、デュギに代表されるボルドー学派、モーリス・オーリウの学説を検討します。ボルドー学派は「条件行為*2」というカテゴリーを用いて説明を試みます。他方、オーリウはその独特な公法理解に基づいて行政行為概念を構築します。すなわち、「行政行為の法効果を受ける行政客体は、行政制度内部の服従者」であり、現在、物に対する行政行為として理解されているものは、オーリウ流の解釈では、「制度において成員が持つ『占有』を行政的に行政に移転する行為」と認識されます。

行政行為なんて行政法の根幹をなす基本概念のはずなのに、それが本書によって揺さぶられる様は圧巻です。こういう本をもっともっと読んでいきたいと思います。

本書は小括がうまく挿入されており、私の場合は、2周目で何とか全体像を把握できるまで解像度を上げることができました。これからも折に触れて読んでいきたい1冊になりました。

*1:peing.net peing.net

*2:この部分は内容が理解できている自信がないです。