ゆとり社会人の読書ノート

法律を中心にいろいろな本を読みます

内田貴『制度的契約論―民営化と契約』(羽鳥書店、2010年)

内田貴教授の最新の論文集です。

制度的契約論―民営化と契約

制度的契約論―民営化と契約

大要

制度的契約とは、①個別的交渉排除原則、②締約強制平等原則差別禁止原則、③参加原則、④透明性原則アカウンタビリティを満たす契約のことで、介護契約、保育契約、学校教育契約、企業年金契約などのような契約がその例とされます。

これらの性質が生まれる原因は、外部性にあるとされます。つまり、個々の制度的契約が、不可避的に、他の主体の同種の契約や、潜在的当事者集団、さらには社会一般に影響を与えるため、一方当事者は、個別契約の締結や履行において、当該契約の相手方当事者のみならず、それ以外の潜在的な当事者への配慮が要求されます。

内田教授は、制度的契約の概念を用いて、社会契約論すら説明できるとしています。

感想

法律学には便利な概念が多く存在しています。「権利」、「義務」、「制度」、「契約」といった基本的な語は、その抽象性ゆえに多くの概念を包含し、議論を錯綜させる危険性を孕んでいます。憲法学でいえば、「自然権」と「憲法上の権利」の違いが意識されるようになったのは、つい最近のことです*1。この例では、「権利」という言葉を曖昧に使うことによって、自らの主張を正当化しようという無意識の作用があったことは否定できません。

本書にも同じような危険性を感じました。制度的契約の概念が、果たして、古典的契約と同じ「契約」の名の下に語りうるものなのかは、検討の余地があります。対等な交渉力を持った当事者による契約を前提とする民法学において、制度的契約論が評価されないのも、それが契約と呼ぶにふさわしいものなのかが疑問視されているからでしょう*2

このことは、行政法において、行政契約の名の下に、同種の議論が蓄積されてきたことによって裏付けられます。強大な権力を持つ行政府と私人との関係について研究してきた行政法学は、契約という概念に縛られることなく、「制度」の面に注目して議論することができるからです。

こういう分野って、ドイツの客観法/主観法の枠組みで分析していけばうまくいくんでしょうかね?民法における客観法/主観法の議論は、まだ日本にはあまり導入されていない気がするので、行政法から枠組みを提供してもらうしかないんでしょうか?

本書は、著者が明らかでない状況で読んだとき、民法学者によって書かれたものであると気付かないのではないかと思うほどに、「民法」っぽくありません。提言としてはおもしろいのですが、この理論が実際に使われるようになるのは、はるか未来になってしまうのでしょう。

交錯領域での研究が難しい一例ですね。後の世代に期待します。

ちなみに、内田貴教授によって提唱されているもう1つの契約概念、「関係的契約」については、『契約の再生』(弘文堂、1990年)*3で詳述されています。実は、関係的契約理論のもととなった、イアン・マクニールの論文集が、最近出版されました。これを機に読んでみてはいかがでしょうか*4

関係的契約理論 イアン・マクニール撰集

関係的契約理論 イアン・マクニール撰集

*1:小山剛『「憲法上の権利」の作法(新版)』(尚学社、2011年)は、まさにその例でしょう。もちろん、言葉のうえでの区別が強調され始めたのは最近のことですが、概念上の区別はもっと前から意識されていたでしょう。

「憲法上の権利」の作法 新版

「憲法上の権利」の作法 新版

*2:契約において最も重要な要素である「意思」がほとんど無意味なものとなっています。約款論における「意思」ですら、かなりのフィクションであるにもかかわらず、それを上回る「希薄」さです。

*3:

契約の再生

契約の再生

*4:表紙がおもしろいなと思ったのは私だけでしょうか(笑)