ゆとり社会人の読書ノート&エクセルVBA

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西村裕一「憲法 美濃部達吉と上杉慎吉」河野有理編『近代日本政治思想史 荻生徂徠から網野善彦まで』(ナカニシヤ出版、2014年)

美濃部・上杉論争を振り返る論文を読みました。

大要

本書は、近代政治思想の教科書ですが、論争を中心に記述している点で、他の教科書とは一線を画しています。編者は気鋭の政治思想史学者の河野有理先生で、各章の著者は1980年前後に生まれた若手研究者で占められています。

このように聞くと、ライトな入門書を想像してしまいますが、本文は432ページと分量があり、末尾には「新しい思想史のあり方をめぐって」と題された対談も載せられています。かなり情熱的な本です。

本論文で取り上げられているのは天皇機関説論争ですが、従来の議論のように、美濃部を称賛して上杉を貶めるものではありません。両者の「人間像」の違いに着目して、論争の根源に迫っています。

上杉*1は、晩年に社会学の講座を担当したことからわかるように、社会に対する感度の高い人物でした。学生時代には社会改良のために自殺研究に従事したほどでした。そんな上杉は、民主主義がフィクションとして仮定する「強い個人」を受け入れることができませんでした。事実として国民の大部分を占める「弱い個人(=無産階級)」に対して天皇への忠誠を求めることで、「安心」を提供しようとしたのが上杉でした。

他方、美濃部は、議会による討論を重視し立憲主義者として振舞うと同時に、政党内閣に対しては好意的な態度を示さず、むしろ議会に責任を負わない恒常国策決定機関による「立憲独裁」を志向していました。この点で、美濃部は、自由主義者ではあるものの、民主主義者ではないということができます。

美濃部 天皇機関説 強い個人 エリーティスト 平等なき自由 普選反対
上杉 天皇主権説 弱い個人 ポピュリスト 自由なき平等 普選賛成

感想

一連の石川論文に触発されて、明治憲法下の憲法学者への関心が高まり、他の論者の論考を読んでみました。本論文は、論文とはいうものの教科書の一節なので、とても読みやすかったです。法学者が「西洋」をどのように捉え、どのように受容したのかはとてもおもしろいテーマですね。あまりに真面目すぎると筧克彦*2のようになってしまうし、あまりに現実を見すぎてしまうと上杉のようになってしまうし。学説形成の「技術」という点で、美濃部は巧かったんと感じました。現代の比較法研究のスタンスにもつながりそうですね。

*1:石川健治教授による講演「夕映えの上杉慎吉」のまとめは以下を参照。 togetter.com

*2:uyutomo.hatenablog.com