ゆとり学部生の読書ノート

公法を中心に、気になった本について書きます。

蟻川恒正「国家と文化」江橋崇編『岩波講座 現代の法 1 現代国家と法』(岩波書店、1997年)

蟻川教授の論文を読みました。

岩波講座 現代の法〈1〉現代国家と法

岩波講座 現代の法〈1〉現代国家と法

本論文では、国家と文化のあり方について、いわゆる「政府の言論」あるいは「専門家の介在」論と呼ばれる考え方を示しています。

大要

まず、Rust判決*1の紹介を通じて、規制・給付二分論を批判し、代替となる枠組みとして、「政府は、公的資源を投入して、一定の価値を振興・推奨するプログラムの『基本方針』を策定することができるが、プログラムの具体化が、当該価値についての専門職の関与を俟って実現されるものである場合には、右専門職は、その職責を全うするために、当該『基本方針』を『解釈』する自律的機能を付与されるべきである」という構造を提示します。次に、1905年の七博士事件*2を通じて、国立大学の自律性について検討します。さらには、公立の文化機関、特に美術館における専門家の自律性について、アメリカのNEA騒動を題材に検討します。そこでは、オーウェン・M・フィスとキャスリーン・M・サリヴァンの学説が比較されます。最後に、日本の公立美術館において、「政府の言論」(「専門家の介在」論)が適用可能であるかを検討します。

感想

本論文では、政府の言論の中でも、国家と文化という枠組みの中の話がメインとなっています。政府の言論についてまとまった知識がなくても読むことができますが、まとまった知識が必要な場合には、蟻川恒正「政府と言論」ジュリスト1244号91-100頁(2003年)が有用です。政府の言論の全体像を簡潔に提示しています。

政府の言論や国家と文化といったテーマは、最近のトレンドらしく、試験問題にも政府の言論を匂わせるようなものが現れています。個人的には好きな論点なのですが、政府の言論は射程の広い考え方なので、日本国憲法の解釈に全般的に受容されるかは疑問です。今後の議論を見守りたいと思います。

*1:Rust v. Sullivan, 500 U.S. 173(1991).

*2:東大法科大学を中心とする7人の教授が、政府に対して軟弱外交を批判する意見書を提出した事件。後に中心人物であった戸水寛人が休職処分にされたことで、東京帝大・京都帝大の教授が、学問の自由・大学の自治への侵害だとして総辞職を宣言し、問題となった。最終的に、戸水の復帰が認められた。