ゆとり学部生の読書ノート

公法を中心に、気になった本について書きます。

山本敬三『公序良俗論の再構成』(有斐閣、2000年)

憲法の私人間効力の議論では、「基本権保護義務論」とひとくくりにされてしまいがちな本書ですが、きちんと読んでおかなければならないと思い、取り上げました。

公序良俗論の再構成

公序良俗論の再構成

大要

本書は大きく2つに分かれています。前半は、公序良俗に関する問題構成をどのように枠づけるか(構成問題)を扱っています。後半では、原理や価値の綱領をどのように行えばいいのか(衡量問題)を扱っています。憲法論っぽい憲法論は、後半の衡量問題の方で扱われています。

民法において、永らく「公序良俗論」の基礎を提供していたのは我妻栄の議論でした。「公序良俗」は、「私的自治」、「契約自由」と対立する概念ですが、我妻は、「協同体主義」を実現するための手段として個人の自由を定義し、契約の自由も自由な所有権も協同体主義という理想の前には、調整・制限に服さなければならないとしました。我妻の考えは、憲法民法の関係を視野に入れているという意味では評価できますが、日本国憲法が「協同体主義」を採用しているという解釈は賛同者を集めることができませんでした。

ここで、山本教授は、私的自治を「自分の生活空間を主体的に形成する自由」として定義し、リベラリズム的自由観を採用します。次に、「契約自由」を私的自治を支援するものとします。そのためには、契約自由は、国家による契約の法的有効性の承認と、裁判所によるその強制的実現の可能性という制度を要求する積極的な側面があるということを確認します。そして、私的自治、契約自由は憲法13条に基礎を置くものとします。

この後、山本教授は精緻な分類を展開しますが、憲法の私人間効力にかかわる部分だけを抜粋すると、以下のようになります。

結論から先に言うと、山本教授による分類では、憲法の私人間効力が問題になるのは、裁判型―基本権保護型公序良俗です。

契約自由が憲法上の自由である以上、それを制限する公序良俗には理由が求められます。公序良俗規範による契約自由の制限は、国家機関である裁判所によって行われることから、契約自由を不当に制限することなく公序良俗の内容を確定する必要があります。その際、裁判所が援用できる理由は、①立法尊重義務と②憲法尊重義務があります。

立法がすでに基本決定を行っている場合、裁判所はそれに追随すれば問題ありませんが、そうでない場合は、裁判所自らが契約自由を制限する「実質的理由」を持ち出さなければなりません。そこで持ち出すことが許されるのは、基本権保護と政策実現です。

つまり、公序良俗のうち憲法の私人間効力の問題となるのは、立法による基本決定がなされておらず、裁判所が基本権の保護を理由として契約自由を制限する場合であるということになります。

そして、裁判型―基本権保護型公序良俗においては、国の基本権保護義務という構成によることができるとしています。

感想

民法の論文は初めて読んだので、とても新鮮でした。立法沿革、明治期からの裁判例を参照していくスタイルは、あまり憲法では見られないと思います。また、概念構成力の高さに驚きました。山本教授が民法学者だからなのかは分かりませんが、前半の構成問題における議論の進みの速さは、ついていくので精いっぱいでした。