山本龍彦教授の論文集、『遺伝情報の法理論』を読了しました。
大要
本書は、総論・各論の2部構成となっています。まず、総論では、「遺伝情報」の法的地位について検討しており、①内なるゲノム情報としてのDNA情報領域、②本人の同意を得た遺伝子テストを通じて獲得されたDNA獲得情報、③非コード領域上の多型分析を通じて獲得された個人識別情報(DNA型情報)のうち、「遺伝子例外主義」が該当するのは、①DNA情報領域だけであるとしています。
この結論に至るまでに、まず第1章で、遺伝子例外主義を標榜するアナスと、アンチ遺伝子例外主義を唱えるゴスティンの学説を検討しています。
続いて第2章では、1998年のNorman-Bloodsaw v. Lawrence Berkeley Laboratory事件判決を検討します。
第3章では、②DNA獲得情報、③DNA型情報について、従来の学説が論じてきた自己情報コントロール権論の範疇であることを示し、各遺伝情報の位置づけについて以下のようにまとめています。
分類 | 遺伝子例外主義の妥当性 | 保障形態 | 根拠条文 |
---|---|---|---|
DNA情報領域 | ○ | 絶対的保障 | 13条前段または19条 |
DNA獲得情報 | × | 厳格審査 | 13条後段 |
DNA型情報 | × | 厳格な合理性審査 | 13条後段または35条 |
感想
遺伝子に関する深い知識を、憲法学の枠組みに溶かし込んでいく様は圧巻です。「遺伝情報は重要だから~」といった抽象論ではなく、個々の遺伝情報の科学的特性を踏まえたうえで、既存の枠組みに照らし合わせていく。地味な作業かもしれませんが、今後の研究の基礎となる労作です。このような作業が、豊かな議論の土壌となっていくのだと思われます。
また、途中にあるユーモア溢れる記述にも目を引きました。73ページですので、是非、本書を手にとって読んでみてください。
飄々とした書きっぷりは、どことなく長谷部恭男教授の文章を彷彿とさせます*1。
本書が、ドゥルーズの引用から始まり、終章で大澤真幸、クリプキといった社会学者・言語哲学者への言及で終わるところからも、憲法学にとどまらない、山本教授の知のスタイルが窺われます。
今後も業績をフォローしていきたいと思います。